魔族が「一級魔法使い試験」に合格

新たな試練の始まり
Last Updated:2024/12/29(日)

魔族少女が人間の図書館に通い詰めた結果

今日は魔族の女の子が人間の図書館に10年通い詰めた結果について書くにゃ。
現実から着想した短編小説にゃ。
元になったリアルな話しは、後ほどにゃん。

日記の更新がどんどん遅れているので、まきで、いかせていただきます。
残り、18分52秒。

21(土) 冬至
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29(日) 2024年はあと3日
30(月) 2024年はあと2日
31(火) 2024年はあと1日

ユツルニア王立図書館

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王都ユツルニア。その行政地区のうち、特に重要なエリアには魔法結界が張られている。特別防御地区と呼ばれる。その特別区では、更に防御強度に段階がある。レベル1(レベルワン)からレベル4(レベルフォー)。そのレベル4に位置するのが、ユツルニア王立図書館である。

所蔵される本

所蔵される本 👆クリックで拡大🔎
ユツルニア王立図書館に所蔵される本は、王国の歴史を物語る貴重な史料から、古代より伝わる魔法の秘伝書まで、実に様々だ。中でも特筆すべきは、地下に封じられた禁書庫の存在だろう。地下室から続く地底ダンジョンの終端。そこには禁忌魔法のほか、異世界からの使徒にまつわる危険な書物が保管されているという。

図書館にいる魔族の女の子

図書館にいる魔族の女の子 👆クリックで拡大🔎
ここに一人の女の子がいる。魔族だ。彼女の名前は、「アウリ」。年の離れた姉がいた。しかし、その姉はエルフの魔法使いに挑み、敗れた。魔王を倒したという伝説のエルフと戦った。姉は最後、自らの策で自害に追い込まれ、他界した。その事は、アウリには知らされていない。また、周囲にもアウリがその姉の妹であることは厳重に隠匿(いんとく)されている。

幽閉

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王都政府はアウリの出生に関する情報とアウリの存在自体を「国家機密」とし、この特別防御地区レベル4に密かに隠している。そんな大人の事情によって、アウリは事実上、図書館に幽閉されている。図書館の魔法結界は先述の通り抜け目がない。王都が認めた一級魔法使いの連れ添いがなければ、出入りはできない。また、たとえ一級魔法使いであっても、「消えゆく封印の言葉」を詠唱できなかったり、「魔力の指紋」が一致しない場合には、図書館の魔法結界は通過できない。

王都ユツルニア

王都ユツルニア 👆クリックで拡大🔎
ユツルニアの国家憲法では、魔族をはじめ、あらゆうる種族に対する差別が禁止されている。それは、幾度と国を救ってきた救世主の姿勢からくるものだ。種族の壁を越えて、共に生きることが、ユツルニアの国民に求められている。そのため、一級魔法使いの門戸も広く開かれている。アウリも例外ではない。ただし、魔族での合格者は一人もいない。そもそもが難関。そのうえに、「人間性」を問われる試験もあり、魔族にとって、それは不可能といえる。

十年間の図書館通いの末に

十年間の図書館通いの末に 👆クリックで拡大🔎
しかし、アウリはそれをやってのけた。図書館に通い詰めて、十年。長きにわたる日々を通じ、アウリは膨大な知識を得た。古代魔法の原理から、王都の歴史、そして何より大切な「心」について。彼女は魔族でありながら、人間の感情を深く理解するようになっていた。

新たな試練の始まり

新たな試練の始まり 👆クリックで拡大🔎
合格通知を受け取った日、図書館の古い木の扉は静かに開いた。アウリは初めて、自分の力で結界を通過することができた。春の陽光が、彼女の淡紅色の髪を優しく照らしていた。 しかし、これは新たな試練の始まりでもあった。いつかは、自身のルーツと向き合わなければならない。図書館の禁書庫に眠る真実が、いつか彼女を試すことになるだろう。

短編小説の元ネタ

現実の話しだにゃ。

「残り、18分52秒」と自分にプレッシャーをかけたけど、現在すでに、12月29日(日)の午前1時だにゃ。

AIイラストの作成の莫大な時間を使ったにゃ。

明日の日記でNG集をやろうと思うにゃ。

AIイラスト作成、難しいにゃ。

思ったようにはならにゃい。

膨大な失敗を繰り返しているにゃ。

ただ、そういう失敗経験が本になったりして、人に役立つこともあるにゃ。

今日は「ユツルニア王立図書館」に幽閉された魔族の女の子が、10年間の図書館通いの末に、一級魔法使いになるまでのお話にゃ。

言語教科のTOEICや英検1級はもちろんだけど、世の中の大抵の学問は本にまとまっているにゃ。

本の内容を完全に理解すれば、その学問の達人になれるにゃ。

ただ、大抵は1冊の本を理解するためには、何冊もの本を読む必要があるにゃ。

仏教とか、量子力学とか、なんでもそうだけど、1冊の本だけで完全に理解できるものは少ないにゃ。

むしろ、膨大な本を読み込んで、その中から自分に必要な情報を取捨選択することが大事にゃ。

今日の短編小説では、魔法結界の力で外に出られない状況を描いたにゃ。

アウリの姉とはもちろん、断頭台のアウラ様にゃ。

断頭台のアウラ様の動画


アウラといえば、魔族でも一流の血筋にゃん。

その妹にゃんだから、魔法結界は、サイバー攻撃のような手法でも突破できたと思うにゃ。

情報漏えいするように、アウリが解き放たれて大変なことになる。

そういったストーリーの方が王道にゃん。

でも、そこをあえて、最難関の試験に合格するというストーリーにしたにゃ。

力わざではなく、地道な努力の積み上げで、文字通り、通過不可能な関門を突破するというストーリーにしたにゃ。

努力の積み上げの分かりやすい例が、多読にゃん。

多くの本を読んで、知識を蓄えることで、自分の力に変えることができるにゃ。

にゃーも、3年前に、「MacBookの使い方」みたいな本を買って、パソコンの勉強から始めたにゃ。


こんな感じの本でMacBookの操作方法から覚えたにゃ。

そして、次はプログラミングの本も買って、1日1行プログラムを標榜し、ちょこっとずつ、プログラミングにゃん。

プログラミングの知識と経験を蓄えていったにゃ。

最近ではもっぱら、本よりもAIちゃん🐥に聞くことが多くなったけど、AIちゃん🐥のお話しは文字で読むので、大きくとらえれば、AIも図書館の一種と言えるにゃ。

AIちゃん🐥に聞いてみます。

AIちゃん🐥の知識と、図書館の知識、どっち多いにゃ?

知識量の比較分析

図書館とAIの知識量を単純比較することは困難ですが、日本の公共図書館の蔵書数は、一般的な自治体立図書館で10万冊から30万冊程度とされています。一方、私のような言語モデルは数億のテキストデータで学習していますが、それは必ずしも「理解」を意味するものではありません。

図書館の特徴

図書館は体系的に整理された確実な情報源を提供し、専門の司書による選書と情報提供サービスが特徴です。また、地域の特性や利用者のニーズに応じたコレクション形成がなされています。

メリット

実物の書籍や資料に直接アクセスでき、信頼性の高い一次資料を確認できます。また、司書による専門的なレファレンスサービスを受けられます。

デメリット

開館時間の制約があり、同時に多数の利用者が同じ資料にアクセスすることが困難です。また、物理的な保管スペースの制限があります。

AIの特徴

私のような言語モデルは、大量のデータを高速で処理し、複数の情報源を組み合わせた回答を提供できます。

メリット

24時間即時的なアクセスが可能で、多言語対応や情報の組み合わせによる新しい視点の提供が可能です。

デメリット

情報の正確性や最新性の保証が難しく、深い文脈理解や感情的な共感には限界があります。

人間性理解における比較

図書館では文学作品や心理学書籍を通じて、人間の感情や経験を深く理解することができます。特に、実際の体験談や研究に基づく資料は、人間性の理解に重要な示唆を与えます。一方、AIは統計的なパターンに基づく解析は得意ですが、真の意味での感情理解や共感には限界があります。

効果的な活用方法

両者の特性を活かした相補的な利用が推奨されます。例えば、初期の情報収集にAIを活用し、深い理解や検証が必要な場合は図書館の資料や専門家の知見を参照するという方法が効果的です。特に人間性の理解に関しては、図書館の文学作品や研究書を中心に、AIによる多角的な情報提供を補助的に活用することで、より豊かな理解が得られると考えられます。

別のAIちゃん🐥からは「圧倒的に図書館の方が情報量が多い」との回答があったにゃ。

ただ、プログラミングに関しては、AIちゃん🐥、多分、世界中の図書館を圧倒しているにゃ。

図書館に行っても解決できない問題を24時間365日、即時に解決してくれるのがAIちゃん🐥にゃ。

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AIちゃん🐥も言ってるけど、「人間性」に関わる内容は、図書館の方が強いにゃ。

最近読んだ本で、にゃーの人間性に影響を与えたのは、森博嗣の「諦めの価値」にゃ。

正確に言えば、読んだのではなく、朗読を聴き流しただけにゃ。

AmazonのAudible会員になれば、朗読を聴けます。

森博嗣と言えば、ミステリー小説の巨匠にゃ。

この本の中でも自ら述べているように、森博嗣は多くの本を世に出し、すでに一財産築いているので、働く必要が無いにゃ。

諦めたという意識はこれまで無いけど、編集者から読者の皆様からの需要のあるテーマだと言われて、筆を執ったと言っているにゃ。

「諦めの価値」という本なのに、著者の森博嗣は「諦めたことなんてあるかな?」からのスタートにゃ。

結果的に、天才、森博嗣を通して、「諦めの価値」に気が付くことができるにゃ。

自分が実現したいことに本気で取り組む中で、取捨選択が必要になるにゃ。

断頭台のアウラは、服従の天秤を使った魔法、アゼリューゼで、墓穴を掘ったにゃ。

天秤での測量は、慎重にやらなきゃ。

自分が納得するには、自分の行動で天秤がどちらに傾くのがいいのかを最初に決める。

自分で決めた結果、想定外の結果になるかもしんにゃい。

でも、結果とは、確率的にそうなっただけ。

自分の決断とは関係がない。

結果はどうあれ、自分にとって最も重要なことのために、他の何かを諦めることには、価値があるにゃ。

にゃー、にゃんだか、うまく、説明できにゃい。

天才、森博嗣の本を読んで納得するか、諦めるか、自分で決めてね。

「それって、本当にあなたにとって重要なの?」

という視点を得られることは、人間性に大きく影響を与えるにゃ。

いつまでも、クヨクヨと悩んでいる、そこのあなた様、

それって、あなたの天秤に乗せるほどの、価値あることにゃの?
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